山本義昌
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山本義昌「中国ビジネスレポート」

今日の中国の著しい経済発展には、目を見張るものがあり、世界からも大きな注目を集めています。貿易・投資は急増し、中国へ進出する企業も数多くあります。 その中で、中国へ事業展開をしたいとお考えの経営者の皆様の、強力なサポート役になれればと思い、取り組んでおります。

山本義昌|中国ビジネスレポート  http://www.yy-blog.com/


商業界の大手が。“観前街”を奪い争う
蘇州商城が引っ張りだこになるキーポイントは新企画の登場にある。
業界で注目を浴びている蘇州商城の競売が目の前に迫っている。昨日、競売主催側の一員_蘇州長城競売有限公司の責任者の話では、目下関連の初期段階の準備は殆ど完了し、競売は9月中旬に開催とのこと。調べたところでは、競売に参加する予定の商業界の大手は十軒もあり、そのうち、強大な実力を持つ上場会社は少なくない。

一昨日、今回の競売に参加する予定の上海のある商業界の大手のトップが再度来蘇した。このトップは記者に、今回の目的は競売委託方より。ー蘇州商城の不動産権の競売委託に関する保証書。アを取得し、競売に参加しないのではという疑問を取り除いたと話した。会社側はかなり競売成功の自信があり、また関係部門は既に蘇州商城の未来の発展計画の制定を発足させた。その他、記者が取材したところでは、他の今回の競売に参加する予定の商業界の大手が、今資金調達を急いでいる。年に一度の空調大戦がすでに幕を閉じ、基本的に資金回収を実現できたので、今は競売時間の発表を待っているところだと国内のある有名な家電チェーン企業の関係者が語ってくれた。

蘇州商城の競売を実施する前に国内の小売業界トップ10の商業界のボスらは殆ど、たちまちこの。“ゴールデン団地”が気に入った。一旦蘇州商城を入手すれば、正に蘇州の観前街ビジネス圏に進軍する絶好のチャンスだと皆が確信している。蘇州商城を奪い取る目的は現在段階では団地のためだが、将来的には、このゴールデン効果は観前街ビジネス圏が改造された後に十分に実証できるということだ。

単独ではなく、南京の宏図三胞が先日蘇州第一百貨店に加入した。蘇州分公司の責任者が取材の時、宏図三胞一百分店はグループが蘇州市場拡大の一部で、一百を選択した理由としてはこの地域に発展の潜在力があるからだと述べた。

“新企画”を実施に移され、観前街ビジネス圏の全体イメージをアップ
今年の前半期以来、数十軒の国内外の商業界の大手が様々なルートを通して観前街ビジネス圏に進駐する可能を狙っている。取材中、観前街ビジネス圏のあるデパートの総経理が最近、観前街ビジネス圏に対して、これまでになく注目を集めているが、これは計画中の改造と緊密な関係があると感嘆していた。

この総経理が話した企画が一旦実行に移されたら、現在の察院場の辺は更に注目されるだろう。これは正にこれほど沢山の国内外の商業界の大手が我もと争う主な原因である__先に有利な位置を奪い取れば、今後のビジネス戦線で先にチャンスを得られると誰もがよく知っている。

この間、観前街地域の多くのデパートの責任者が記者の取材を受けた時、新プランを出すのは必要なことだと表明した。観前街の一期、二期工事が完成して以来、数年間の急速な発展を経た現状としては、駐車難という問題が著しく現れてきた。そして観前街ビジネス圏の全体の更なる発展を阻む障害や、その他、観前街が東と西の二つの部分に分けられており、人民路が間を通っているために、ビジネス機能は完全には発揮されていない状態だ。また必要な連動性とプラスの相互補助が欠けている。今計画中のプランでは、人民路と景徳路、観前街西入り口の所に広場を建設する。

広場の下に地下自動車車道を造り、観前街の付近の南北に走る人民路の両側の鉄柵を撤去することにより、人が上で歩行、車は地下で通行という立体的なシステムを構成するプランだ。この設計プランでは、蘇州の観前街地域は、西側は長春巷、天王井巷まで拡張できる見込みで、ビジネス圏の面積は倍増する。そうすると、観前街の西側の商業施設機能を十分に生かせると同時に娯楽、ホテル等のサービス施設の増加により、更に観前街の商業圏の全体イメージのアップが実現される。

今日午前、二年間の建設を経て、蘇_高速道路が前倒しで竣工し、正式に開通した。蘇_高速道路は、_寧高速道路に次いで2本目の直通高速道路である、さらに、両者間の距離を短縮でき、車で蘇_高速道路に沿い、上海まで20分。

今日午前に開通した蘇_高速道路は江蘇省の第1本目の低い路床で、景観、旅行、生態を一本化した蘇州環状高速道路の一つ重要な部分である。蘇_高速道路は_寧高速道路の南側にあり、平行しており、起点は蘇州環状高速道路の西南側と蘇嘉杭高速道路の交差点__尹山枢軸で、終点は江蘇省と上海市の境界までだ、長さはトータル37.53キロで、投資した資金は約32.38億元に至る。

蘇_高速道路は同里、_直、錦溪、周荘、千灯等多くの江南水郷古鎮に繋がっている、全線に郭巷、車坊、_直(機場路)、_直南、張浦、千灯(石浦)六箇所の交換処及び_直の一箇所のハブが設置してあり、途中の郷鎮内の交換出入口が1つか2つある。蘇_高速道路の完成で、太湖地区を巡る。ー二環六射。アと高速道路網の。ー一環二射。アの高速道路の構造を更に完備することができた。同時に蘇州工業園区と呉江運河以北の地域の発展に便利な交通を提供することができた。

蘇_高速道路が開通後、蘇州発上海行きのルートは沿江高速道路、_寧高速道路と蘇_高速道路この三つの速達道路がある。近い将来、蘇昆太と_蘇浙の高速道路が蘇_高速道路と連続する。

関係者が次の通りに市民に注意した。蘇_高速道路で上海に行くならば、先ず市内から南環高架又は西環高架に入り、友新交換処で友新高架に入って、真っ直ぐ南に向かって通行、環状高速の石湖交換処で環状高速の西南段に入り、東に向かって通行、尹山枢軸を経て蘇_高速道路に入る。或いは市内から蘇嘉杭高速道路に入り、少し南に向かって通行、その後、蘇嘉杭と環状高速道路の交差点の尹山枢軸で東に曲がり、蘇_高速道路に入ることもできる。

記者が調べたところで_寧高速道路の拡張工事は、すでに全般的に加速しており、今年いっぱいで全線貫通し、今月末に蘇州段は前倒しで貫通できるという。目下、_寧高速道路上の蘇州段の南京から上海に行く道路は既に貫通しており、逆に上海から南京へ行く道路の一部は未だ工事中で、昆山、蘇州等の出入口は未だ閉鎖工事中である。市民は_寧高速道路で上海に行く場合、市内で蘇嘉杭高速道路に上がり、蘇嘉杭枢軸に沿い、_寧高速道路に入り、又は工業園区の有料通行ステーションを経由して_寧高速道路にはいることができる、比較的順調だ。

その他、今年の年末に蘇州の環状高速道路のもう1つの射線__蘇昆太高速道路も間もなく竣工開通する、該当高速道路は直接に上海に繋がらないが、一旦出来上がれば、蘇州城北の居民達は蘇昆太に沿い、東に向かって蘇昆太と沿江高速道路の交差点で沿江高速道路に入り、上海に行くことができる。
(姑蘇晩報9月8日)

<解釈>
「ル蘇_高速道路:蘇州と上海間の高速道路を指す。_は上海の別名である。
「レ_寧高速道路:上海と南京間の高速道路を指す。寧は南京の別名である。
「ロ沿江高速道路:江陰と上海間の高速道路を指す。沿江は揚子江に沿うことだ。
「ワ蘇昆太高速道路:蘇州と昆山と太倉間の高速道路を指す。
「ン_蘇浙高速道路:上海と蘇州と浙江省間の高速道路を指す。


「2005年中国蘇州電子情報博覧会」が19日、開幕した。キヤノン、シーメンス、エプソン、サムスン、BenQ、Acer等を含む国内外500社余りの有名IT企業が参加し、同日6時現在で延べ3万2000人が見学した。

 同博覧会は今年で4年目。市民の間でもますます人気が高まっている。記者が会場を一回りしたところ、。ー素人。アが減少して。ー玄人。アが増加、催し物を楽しむ人が減り、新製品を体験する人が増加..など観客にも変化が見られた。

催し物が減少して体験が増加
 これまでの博覧会の特色は、出展 企業が出費を厭わずに多彩な催しを提供。声が大きく、賑やかであれば、観客も一番多かった。ところが、今年の博覧会会場ではこの原則は通用せず、最新で、最もモダンな製品のブースに観客はたくさん集まっていた。
 あるディスプレーメーカーのブースでは、活気あるゲーム大会が多くの若者を引きつけていた。参加者はほとんどが20歳前後の若者で、そのうちの一人は、「これこそ、デジタル時代のプロモーションですよね」と丁寧に話してくれた。

素人が減少し玄人が増加
 これまでの博覧会では、。ー記念品。アをもらいに来る素人が多かった。しかし、今年の博覧会では、出展する企業が大幅に増加し、より多くの3C製品(communication, computer,consume)が展示されたため、さらに多くの業界関係者を引きつけた。
 会場の主役は20代の若者で、彼らが一番関心を持っているのは携帯電話などの最新デジタル製品。これらのブースで足を止める時間は長く、彼らの質問の専門性の高さには驚かされた。蘇州工業園区に勤める曹さんは、「博覧会は益々立派になっている。今年の博覧会では、多くの企業が最新の製品を展示した。観客には目の保養になり、見聞を広めることもできる。とてもよい」と話していた。
(姑蘇晩報2005年10月20日)


 2度目の有人宇宙飛行船となる「神舟6号」が、12日午前9時(現地時間)、甘粛省の酒泉衛星発射中心(発射センター)から打ち上げられた。
 蘇州籍の宇宙飛行士・費俊龍さんが地上と交信した時の第一声は「感覚良好(とてもすばらしい感じ)」だった。昆山なまりの声とともに神舟六号の飛行船が地球の周回軌道に入った。昆山市巴城鎮東陽澄湖村出身の飛行士・費氏は宇宙に飛び立った最初の蘇州人だ。

 発射センターで行われた簡潔な式の中で費氏が皆の前で「私どもは、必ず任務を完成し、北京でお会いしましょう」と述べた。その後、われわれは生中継で二人の宇宙飛行士の宇宙船の中での一挙一動を見ていた。飛行船の中にいる費俊龍氏はまるでだだっ広い庭を散歩しているかのようだ。午前9時ロケットが点火され打ち上げられる9時8分、彼は未だマニュアルを見ているのだった。

 費俊龍氏の表情は終始落ち着き払っている。この冷静な表情は遠く離れた北京にいる奥さんの王潔氏にとって、いつもの見慣れた表情だ。打ち上げ前日の夜、記者が電話で王潔氏をインタビューした時、彼女は「費俊龍と私たちは現在、7年以来のいつもと全く同じで、何の変わりもない」と話した。費俊龍の息子さんの費迪氏も電話の中で次のように記者に話した。「自分は父親が甘肅か宇宙のいずれにいても、父との間の距離を感じない」と。

 記者が巴城鎮東陽澄湖村費家浜の費俊龍氏の実家に来た時、村の人たちは朝一番に費氏の家に集まり、生中継を見ていた。1982年、17歳の費俊龍氏は巴城中学校で飛行士候補者として応募し、家を離れた。長い間、費俊龍の親を含めて、彼が一体何しているか、誰も知らないのだった。
今ようやく、その謎が解けた。

 打ち上げ当日。午前9時、ロケットに点火して宇宙船が打ち上げられた。費俊龍の親の話では、息子の費俊龍は軍隊に入ってから23年来、帰省した回数は6回しかないという。宇宙船が予期の軌道に入り、家族も一安心だ。費俊龍の姉の費美琴さんは、庭外の河を指差して、20年前のこの季節に、弟は小さい竹篭を背負って蟹を取りに行っていた。しかし、当時の少年はもう神舟六号の指揮長となっている。彼は聶海勝氏と一緒に乗船している飛行船、地上から350キロ離れた宇宙で、5日間飛行する。
(姑蘇晩報2005年10月12日)

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